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今度は義母が、、、

Posted by dekoちゃん on   0  0

今日、午前。
自宅の電話が鳴った。

一瞬、父の容態悪化の知らせかと覚悟してでた。
夫の姉からだった。

「おばあちゃん(義母)が餅を三個食べたんだ」
東北訛りの言葉でそう言った。
餅、、、。
餅が喉に詰まって、、、、。ああ、、、と思い、
「それでどうしたんですか?」と急き立てた。
「うまそうに食ったのはいいんだけんど、、」
「、、、、」
「あどになって、便が詰まったんだが、
腹がいでえって言ってよぉ。
浣腸したり、摘便して一旦出たんだども、
その後から急に血圧がさがって、腹の痛みもおさまんねえんだ。
こうなったら、早く家に返したほうがいいんだってことになって、
今日引き取ることになったんだ」

もともと、年末年始を自宅で迎えるため、
義兄夫婦が実家に帰省し義母を正月いっぱい自宅で看る予定であった。

その義兄が担当医と面談し今後の経過を聞き、
改めて我が家に連絡が来ることになった。

その結果、
義母の容態は回復の見込み無く、ここ数日がヤマということだった。

夫はもう義母の臨終の席には間に合わないことを覚悟していた。
夫の仕事は正月明けまで休みがない。
話し合った結果、明日午前までに臨終の知らせがなければ、
元旦の仕事は予定通りすることにした。
それ以前に知らせがあれば、元旦の仕事はキャンセル。
その次の予定は、元旦の義母の容態により判断する。

義母の死を覚悟するようにと言った義兄の声は淡々としていた。
聞いた夫も至って冷静だ。
夫が冷静な理由を聞いた。
夫は「もう90だぜ。
こっちが棺桶に半分足を突っ込んでいるような年になって、
まだその母親が生きている、ということが驚きだ」と言った。

長生きをするとはそういうことなんだ。
当然のようにその死を受け入れる。
これほど幸いなことはあるだろうか。
事故で亡くなった私の母の時は、
家族もその死を受け入れるのに長い年月を要した。
しかし、義母の場合は周りも十分介護をしたという実感がある。
もうこれ以上は介護できないギリギリのところまでやった。
義母も「幸せだ」と家族に感謝してこの時を迎えているのだ。

とはいえ、
私自身はまだ義母の臨終の時を実感できない。
このところ、父のことで頭がいっぱいだったので、
今起きていることに気持ちがついていけずにいる。

今年は年賀状を書く気持ちにならず、
昨日やっとオモテの印刷を終えたが、
宛名書きをしないまま机の上に置いてある。
この年賀状は出すことがないまま終わるかもしれない、、、。

息子に連絡を取ったが仕事中で連絡取れず。
嫁に詳細を説明。
息子は年末年始は当直だった、、、、。
今後の連絡は嫁とすることになった。

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