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2016年12月からは聖書を読んでの日記です

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義母の葬儀記録 其の三

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三日目。
朝食後、ホテルまで義姉の夫Tさんが迎えに来てくれた。
行きも帰りも常に私たちの送迎をしてくれたTさん。
いつも笑顔で気さくな人柄。
このTさんにはとてもお世話になった。

外は雪が吹き付けてとても寒かった。
この風雪がこれから後、私たちの行く手を阻もうとは、
この時予想だにしなかった。

途中夫の先祖代々の墓を通り、
夫の実家近くの田舎道を通って最寄りのH空港に向かった。
空港は閑散としていた。
地上アテンダントの女性が、
「当機は強風のため上空で待機しています。
着陸できない場合は(飛行機が使用できないので)欠航になります」
と告げた。

「、、、、」
皆で顔を見合わせた。
待つこと30分。
その飛行機は着陸を諦め出発地へと戻っていった。
「んだら、どうする?」Tさんが言った。
私たちの周りにいた人は、
H空港の隣の仙台空港出発の飛行機の予約を勧められていた。
仙台空港からの出発便は四時間後。
JRで向かうより早い。
、、、ということで、私達も仙台へと向かうことにした。
Tさんは吹雪の中、最寄りの新幹線の駅まで送ってくれた。
別れ際Tさんは
「ここでいいのが?
おら暇だからこのまま(夫の)実家に送ってもいいだよ。
そして明日またこっから乗ればいいんでないの。
また送ってやっからさ」と言ってくれた。
私はそのご好意に甘えたかったが、夫は仕事が待っている。
駅に着き、車を降りた時、
「そんじゃ」と手を振った時のTさんの不安そうな顔が目に焼き付いている。
この悪天候の中、移動する私達を案じている様子が見て取れた。

最寄りの新幹線駅は野っ原に建っていて、
激しい風雪に身体を震わせて新幹線を待った。
あの寂しい景色を私は一生忘れない。
御髪の薄くなった夫は、
親友の編んでくれた帽子をかぶり、寒さに耐えた。

仙台空港で搭乗手続きを終え、
私達は定刻に機上の人となった。

、、、と、ここまでは順調だった。

ところが、乗った飛行機は目的地上空で悪天候のため着陸許可が取れず、
30分以上旋回した後、
仙台空港へと引き返すことが決定した。
当たり前のことだが上空は穏やかな天気で、
地上がどんな状態なのか想像もできなかった。
よく見ると同じように飛行機が何機も旋回している。

目的地を目の前にして引き返す。
これほど精神的に疲れることはない。
私も夫も半世紀以上生きてきて初めての経験だった。

テレビでは大荒れの天気について報道していた。
その日のフライドは絶望的だったので、
私たちは空港ロビーで宿を予約。
前日泊まったホテルが良かったので同じ系列のホテルにした。
料金は割高だったが、そんなことを言っている場合ではない。
ぐったりと疲れていたが、
ホテル近くの小料理店で仙台名物「牛たん定食」を注文。
夫は食欲のない私の分も平らげた。
今頃我が家で夕食を食べているはずだったのに、
夫の実家より更に遠く離れた地で一晩明かすことになろうとは、、。

義母の葬儀を終え、悲しみ、疲れた私たちを更なる試練が襲った。
「どうしてこんなことに、、、」
誰の責任でもないが、
こんな事態になった理由を見つけようと考えた。

当たり前のことだが、自然を前に人はなす術もない。
夫は私の疲労困憊した顔を見て、
いつも以上に私に気を使っていた。

このままでは夫は気苦労の果てに過労死するのではないか、
と真剣に考えた。
私は気をしっかり持って、
夫の助けにならねば、、、、。
そう心に誓い、床についた。


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